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自由ラジオ〜電波の中のフリースペースについて〜

大麻煙草

・自由ラジオとは
普通ラジオと聞くと全国で聞かれているようなFM・AM(所謂ローカル局も含む)を想像するだろうがここでいう「自由ラジオ」というものは日本ではミニFM、コミュニティFMなど(規模により許可制となっているが)法律上「無線設備から3メートル離れた距離の電界強度が、使用する電波の周波数において規定された値以下である無線局で、周波数や方式、用途などについて制限はありません(電波法第4条の1)」という微弱な電波での放送局は特別許可が要らず放送設備さえあればすぐ自分でラジオを発信することができるものです。
 この自由ラジオがなぜフリースペースかというと上述したように放送設備さえそろえれば小規模ながらも自らが自由に表現する、または情報を発信できるエリアを創り出せると思うからです。その放送設備もすごい技術が必要というわけでもなく比較的安価(4千円位)に入手し発信することができ、自分の部屋から直径1〜2kmがその空間とすることができる。そこで私は、今回この自由ラジオを電波メディアというものながらフリースペースとしてみたその意義と可能性について論じてみたい。

・発生した歴史
もともと第二次世界大戦時のナチスに対するフランスのレジスタンス活動から初めて「自由ラジオ」という言葉がでてきた。その後1970年代イタリアにて国営放送の独占状態だったラジオ放送にたいして反発した市民が各地でゲリラ的にラジオ局を開局、産業界もラジオの商業利用を狙っていたという背景もあり最高裁が独占放送は憲法違反の判決をだしたことで、一気に2000近くのラジオ局が発生する。またフランスでも国営放送も独占放送状態から市民による海賊放送が続々と始まりミッテランの社会主義政権樹立に伴いラジオが放送できるようになったがイタリアのように定められた範囲内であれば勝手にはじめてもよいというようにはならず、様々な規制がかかったようであるが海賊放送として開局しているところも多いようである。
 日本では具体的にいつ始まったのかというのははっきりと分からないがイタリアの自由ラジオ運動を日本に紹介し自らも大学などでラジオを発信した粉川哲夫氏が大きな影響を与えたようである。(本文も粉川哲夫氏の『これが「自由ラジオ」だ(晶文社)』を参考にしている。)1980年代になりミニFMブームが巻き起こりミニFM局が数多く生まれ始めだした。現在では大学や市町村など地域レベルでのラジオ放送としてミニFMやコミュニティFMが300弱存在している。

・実際どんなものなのか
イタリア:「ラジオ・ポポラーレ」
1976年5人の労働者によってミラノに開局された放送局である。今もなお続いており現在ではイタリア各所に放送局を設置している。番組は電話やゲスト(スタッフ以外の人間、特別有名人というわけでもない)を呼んで談話、議論をするものやニュース番組、音楽番組(主に深夜)がある。このラジオの特徴は「人々が言っていることをではなく、人々が何かをいうことを助けること」というモットーである。学校、工場、住宅地の声となるように人々を招いてラジオがオルタナティブな情報ネットワークとして機能するようにしていることにある。そのことで、地域の人間があらゆる問題を取り上げ提起できるようになっていたり、ラジオの運営にも関わっている。
日本:「ラジオホームラン」や「フリーラジオプラネタス」がある。ラジオホームランは粉川哲夫氏が主催し、下北沢の駅前のマンションの一室(10畳)を使い放送をしたもので80年代中盤から95年ごろまで続いた。(現在でも放送内容はインターネットで聞ける)ここも、自由に酔いどれサラリーマンが来て会社の不満を述べたりしながら、多岐にわたる話題で議論したりするということをやっていた様である。(放送がだいぶ前に終わっているため、詳しいことは確認できず)フリーラジオプラネタスはBARのなかに放送局があり、BARで行われるライブやイベントを中心に放送を組んでいるが、そのイベントなどにくることを呼びかけたりしながらリスナーとの直接的な対話をしようとしている。
 こういった自由ラジオをやるにあたり一番のネックになるのは放送内容とそれをいかにして聞いてもらうか、ということになるのではないか。上にあげた例はそれをある程度乗り越えた形であるかと思う。ポポラーレは積極的に地域の人たちを呼び込んだりすることでネットワークとして機能させ、同時に放送を広げている。ホームランやプラネタスは駅前マンションが放送局ということや学生もスタッフであったりしたためそれなりに聞かれることができたのではないか。また、BARという中に置くということで地域の人たちが集まる事が容易なスポットとして利用できる。こういった人々との交流を考えることが重要な気がする。またコミュニティラジオ(これは許可制になっている)などは、ビラや回覧にお知らせをのせたりして広げているようだ。

結論として 〜自由ラジオで何ができるか〜
自由ラジオは半径500m〜1kmと非常に地域性が高く情報メディアとしての規模は小さい。がしかし、ある程度人口が密集している地域であったり、その範囲の中に住宅などがあれば何百人、何千人もの人間を巻き込むような表現の場が電波を発信した途端生まれるのである。また、これは場所を選ばない。人ひとりが抱えられる放送設備があればどこでも始められる。アパートの一室でも、居酒屋でもやろうと思えば公園でだって出来るのである。また、取り上げるテーマについてもいわゆるタブーは存在しない。放送する時間についても丸一日放送するなんてことはしなくても何人かで集まって、各々が空いてる時間にプログラムを担当すれば良いのである。このように特定の空間に依拠しなくても(放送する拠点は確立した方が良いと思うが)いつでもどこでもだれでもどんな内容でも始められる非常に自由度の高い表現方法として面白みを感じる。現在、様々な活動を行うまたは行っている場合に対して理不尽な制限だったり、抑圧が横行している。身近な所で言えば去年紹介したように大学におけるサークル活動でさえ数多くの制限があったり、東北大学でも「内規」適用の動きによって一方的に大学が活動を制限をしてくることが多くなってきている。市民運動についてもNPO法人制度の改定(非営利団体の原則課税)により活動の幅が狭められている。こういった現状を打破していく上で自ら表現の場、活動の場をまさに創造していくことができるというのは大きな強みになっていくのではないかと思う。
 加えてこの自由ラジオには情報メディアとしての顔を持っている。まぁ「ラジオ」だしね。9・11以降のアフガニスタン戦争やイラク戦争の際、新聞・テレビなどの大情報メディアの信憑性という物が疑問視され、直接現地で取材や支援活動してきた人の講演会に多くの人が殺到するなど現地の様子を知る手段を自らで模索するということが始まっている。(これ自体由々しき問題ではあるのだが)このように自分が得た情報や意見を発信したり、議論するものとしても自由ラジオは大きな意味を持つのではないかと考える。その際自由ラジオの持つ地域性というものが情報に対する疑念や閉塞感を取っ払う物になっていくだろうと思う。放送エリアが半径500m〜1kmという『身近』に放送施設が在るということは直接発信者にものを言えるということである。(通信手段の発達などから地域性というものの消失ということもありますが、直接行けるということが身近感を出しているのではないかと思う。)それは同時にラジオホームランやラジオ・ポポラーレのように受信者が番組を作っていくということになっていく。そしてこれは発信者と受信者というような一方通行的な関係をなくすという面も在る。これによって単なるラジオのリスナーが持っている問題意識や情報を発信することができるし、それを聞いている地域の人たちもそういった情報をテレビで見るような報道よりも「自分のご近所」さんから発信されたものとしてより身近な問題としてかんじられるのではないか。こういった所にも自由ラジオが持つこれまでのメディアと一線を画す可能性があるのではないかと思う。世に言う「社会問題」というのは我々の住む至る所で起こっていることをいうのである。だからこそ地域から社会全体へと個人をつないでいく回路として自由ラジオはおもしろいのではないかと考える。

参考『これが「自由ラジオ」だ』(著者・編集:粉川哲夫 晶文社 1983年発行)